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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)5880号 判決

原告(反訴被告) 兼原告(反訴被告)亡甲野花子承継人 甲野春子

右訴訟代理人弁護士 村上吉央

同 高山陽子

被告(反訴原告) 乙山竹子

右訴訟代理人弁護士 竹之内明

主文

一  原告(反訴被告)の主位的及び予備的請求をいずれも棄却する。

二  別紙第一物件目録記載(四)、(七)の土地建物は被告(反訴原告)の所有であることを確認する。

三  原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し、別紙第一物件目録記載(四)の土地につき所有者を乙山松子とし、昭和五五年六月七日遺贈を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

四  原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し、別紙第一物件目録記載(七)の建物を引渡し、かつ真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

五  原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し、金二六四万九九〇〇円及びこれに対する昭和五七年九月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

六  原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し、昭和五七年九月一日から四項の引渡ずみまで一か月金九万九〇〇〇円の割合による金員を支払え。

七  被告(反訴原告)のその余の反訴請求を棄却する。

八  訴訟費用は本訴反訴を通じて原告(反訴被告)の負担とする。

九  この判決は、五、六項につき仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

((本訴))

一  請求の趣旨

(主位的請求)

1 別紙第一物件目録記載(一)ないし(六)の土地建物は原告(反訴被告。以下「原告」という。)の所有であることを確認する。

2 被告(反訴原告。以下「被告」という。)は原告に対し、別紙第一物件目録記載(一)、(二)の土地建物につき真正な登記名義の回復を原因とする共有者甲野太郎及び被告の持分全部移転登記手続をせよ。

3 被告は原告に対し、別紙第一物件目録記載(三)、(四)、(六)の土地建物につき真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

4 訴訟費用は被告の負担とする。

(予備的請求)

1 亡甲野太郎の昭和五五年五月四日付自筆証書による遺言が無効であることを確認する。

2 被告は原告に対し、別紙第一物件目録記載(一)の土地についての別紙登記目録記載(一)の登記の、別紙第一物件目録記載(二)の土地についての別紙登記目録記載(二)の登記の、別紙第一物件目録記載(三)の建物についての別紙登記目録記載(三)の登記の抹消登記手続をせよ。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文一項同旨

2  訴訟費用は原告の負担とする。

((反訴))

一  請求の趣旨

1  主文二、四項同旨

2  別紙第一物件目録記載(一)の土地は原告と被告の持分各二分の一の共有であること、同目録記載(二)の建物は原告の持分四分の三、被告の持分四分の一の共有であること、同目録記載(三)の土地は被告の所有であることを確認する。

3  別紙第一物件目録記載(一)、(二)の土地建物について競売を命じ、その土地の売得金を原告と被告に各二分の一の割合で、その建物の売得金を原告に四分の三、被告に四分の一の割合で分割する。

4  原告は被告に対し、別紙第一物件目録記載(四)の土地につき昭和五五年六月七日遺贈を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

5  原告は被告に対し、金六一四万二九四九円及びこれに対する昭和五七年九月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

6  原告は被告に対し、昭和五七年九月一日から3項の競売ずみまで一か月金一三万〇五〇〇円、右同日から別紙第一物件目録記載(七)の建物引渡ずみまで一か月金九万九〇〇〇円の割合による金員を支払え。

7  訴訟費用は原告の負担とする。

8  5、6項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  被告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

((本訴))

(主位的請求)

一  請求原因

1 原告は、亡甲野花子(以下「花子」という。)の子であり、花子の夫亡甲野太郎(以下「太郎」という。)との間で昭和二二年六月一九日同人の養子となる縁組届出をなした。一方被告は、昭和三一年一二月一日太郎と亡乙山松子(以下「松子」という。)との間に生れた子であり、昭和三二年九月三日太郎から認知された。

2 太郎は昭和五五年六月七日に死亡し、松子は昭和五六年一二月五日に死亡し、花子は昭和六〇年五月二八日死亡した。

3 原告と花子は、次のような経緯で別紙第一物件目録記載(一)ないし(六)の不動産の所有権を取得したもので、現在はいずれの不動産も原告の所有である。

(一) 原告と花子は、昭和二四年二月ころもと所有者丁原夏夫から別紙第一物件目録記載(六)の建物(以下「等々力の建物」という。)を買受けた。右買受資金は原告と花子が戦後の食料難の時代に食料品販売によって貯めておいた金を充てた。

(二) 原告と花子は、昭和二八年知人の紹介により甲田電鉄株式会社(以下「甲田電鉄」という。)から別紙第一物件目録記載(一)の土地(以下「玉堤の土地」という。)を買受けた。右買受資金は原告と花子が営んでいた食料品販売による収入の貯えをもって充てた。

(三) 原告と花子は、昭和三四年八月三一日戊田秋夫の紹介により丁田冬夫から別紙第一物件目録記載(三)、(四)の土地(以下「下作延第一土地」・「下作延第二土地」という。)を代金四九万円で買受けた。右買受資金は玉堤の土地上に昭和三〇年から昭和三四年にかけて順次建築した別紙第二物件目録記載(一)の建物等(以下「旧甲山荘」という。)の賃貸収入及び食料品の販売収入や貯金をもって充てた。

(四) 花子は、昭和三六年二月ころ別紙第一物件目録記載(五)の建物(以下「下作延の貸家」という。)を建築した。その建築資金は自己の預金からこれに充てた。

(五) 花子は、昭和五〇年一一月二七日ころ丙田梅夫に請負わせて別紙第一物件目録記載(二)の建物(以下「玉堤のアパート」という。)を代金一七五〇万円で建築した。右建築資金は、花子が自己の預金及び第一勧業銀行上野毛支店からの借入金八〇〇万円をもって充てた。

4 しかるに、別紙第一物件目録記載(一)ないし(四)、(六)の不動産(ただし玉堤のアパートについては持分二分の一)につき太郎名義の所有権登記がなされている。これは原告と花子の都合上、あるいは古風な形式を重んじて形式上太郎名義を借りたものにすぎない。

5 被告は、別紙第一物件目録記載(一)ないし(六)の不動産は太郎の所有であるとしてその相続権を主張し、玉堤の土地につき別紙登記目録記載(一)の登記を、玉堤のアパートにつき同目録記載(二)の登記を、下作延第一土地につき同目録記載(三)の登記をそれぞれ経由している。

6 よって、原告は被告に対し、所有権に基づき本訴主位的請求の請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は認める。

3 同3の冒頭の主張は争う。

同3(一)ないし(五)の事実のうち、買主・建築主及びその資金源については否認し、その余は認める。別紙第一物件目録記載(一)、(三)ないし(六)の不動産は太郎が買入れまたは建築し所有するものであり、玉堤のアパートは太郎と花子が建築し太郎がその持分二分の一を所有するものであり、その経緯は、反訴請求原因2のとおりである。

4 同4の事実のうち、別紙第一物件目録記載(一)ないし(四)、(六)の不動産(ただし玉堤のアパートについては持分二分の一)につき太郎名義の所有権登記がなされていることは認め、その余は否認する。

5 同5の事実は認める。

(予備的請求)

一  請求原因

1 主位的請求の請求原因1、2と同旨

2 太郎は玉堤のアパートにつき持分二分の一及び玉堤の土地、下作延第一土地を所有していた。

3 被告は、太郎作成名義の昭和五五年五月四日付自筆証書による遺言書(以下「本件第二遺言書」という。)を所持し、東京家庭裁判所に遺言書検認の申立てをなし、同裁判所は昭和五五年六月二四日検認をしたが、その内容は要するに太郎所有にかかる玉堤の土地につき持分二分の一、玉堤のアパートにつき持分四分の一及び下作延第一土地を被告に相続させるというものである。

4 しかしながら、本件第二遺言書は、次のような事情からして太郎が作成したものではないから無効である。

(一) 本件第二遺言書の筆跡は、全文及び署名とも太郎の筆跡ではない。

(二) 太郎は尋常小学校三年生程度の学力しかなく、署名は自書できるが漢字を読み書きする能力はなかった。

(三) 太郎は、生前元気なころから文字や手紙を書くことを極度に嫌がっていたのであるから、本件遺言書作成日ころにはすでに心身ともに衰弱し苦痛にあえいでいた状況下であって、自筆証書の遺言書を作成できるはずがない。

(四) 原告など家族が毎日のように見舞いに行っていたが、入院中の太郎の身辺には筆記用具は一切なかった。

5 被告は、本件第二遺言書による遺言が有効であると主張し、玉堤の土地につき別紙登記目録記載(一)の登記を、玉堤のアパートにつき同目録記載(二)の登記を、下作延第一土地につき同目録記載(三)の登記を経由した。

6 よって、原告は被告に対し、本訴予備的請求の請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1 主位的請求の請求原因1、2に対する認否と同旨

2 請求原因2の事実は認める。

3 同3の事実は認める。

4 同4の事実はいずれも否認する。

5 同5の事実は認める。

三  被告の主張

太郎は、昭和五五年四月一九日から荏原病院に膵臓癌のため入院し、以後同年六月七日死亡するまで松子と被告が交代で病院に泊り込んで看病していたところ、太郎が本件第二遺言書を書いた同年五月四日ころは意識もしっかりとしていたが、徐々に悪化する病状から死期の迫ったことを察したのか、被告の将来を慮り、不動産登記簿謄本を取り寄せ、被告に奉書紙と筆ペンを買いにやらせ、同日被告の面前で、本件第二遺言書を自ら作成した。

四  被告の主張に対する認否

被告の主張のうち、太郎が入院した年月日、病名、死亡年月日及び松子と被告が病院に泊り込んでいたことは認め、その余の事実は否認する。

((反訴))

一  請求原因

1 本訴主位的請求の請求原因1、2と同旨

2 太郎は、次のような経緯で別紙第一物件目録記載(一)ないし(四)、(七)の不動産の所有権を取得した。

(一) 太郎は、勤務先の甲田電鉄から同社所有の玉堤の土地を割賦で買受け、昭和三二年に完済し同年九月三〇日所有権移転登記を経由した。その買受資金は、太郎が甲田電鉄に信号等電気系統の現場班長として勤務して得た収入と個人で電気工事の下請により得た収入をもって充てた。

(二) 太郎は、昭和三四年八月三一日所有者丁田冬夫から下作延第一、第二土地を買受け、同年九月一七日右両土地につき所有権移転登記を経由した。その買受資金は、太郎が甲田電鉄からの給与、下請工事による収入、旧甲山荘の賃料収入をもって充てた。

(三) 太郎は、昭和三五年六月二〇日別紙第一物件目録記載(七)の建物(以下「下作延のアパート」という。)を建築し、昭和三六年二月三日花子名義で所有権移転登記を経由した。その建築資金は右(二)と同旨である。

(四) 太郎と花子は、昭和五〇年二月二七日共同して玉堤のアパートを建築し、同年一二月三〇日各持分二分の一とする所有権保存登記を経由した。その太郎分の建築資金は、太郎が電気工事の下請による収入やアパートの賃料収入をもって充てた。

3 太郎は、昭和五一年三月四日公正証書による遺言書(以下「本件第一遺言書」という。)において、大要左記のとおり遺言した。

(一) 玉堤の土地及び玉堤のアパートの持分二分の一を花子に相続させる。

(二) 下作延第一、第二土地及び下作延のアパートは松子に遺贈する。

4 ところが太郎は、昭和五五年五月四日本件第二遺言書において左記のとおり遺言した。

(一) 玉堤の土地についての持分二分の一、玉堤のアパートについての持分四分の一及び下作延第一土地を被告に相続させる。

5 そこで、本件第一遺言書による遺言は本件第二遺言書による遺言と一部抵触することになり、その結果民法一〇二三条により一部取消したものとみなされ、結局太郎の遺言は次のとおりとなる。

(一) 玉堤の土地は、花子及び被告に各持分二分の一宛相続させる。

(二) 玉堤のアパートの持分二分の一は、花子及び被告に各持分四分の一宛相続させる。

(三) 下作延第一土地は被告に相続させる。

(四) 下作延第二土地及び下作延のアパートは松子に遺贈する。

6 したがって、花子及び松子の死亡により、現在の右不動産の所有関係は、玉堤の土地は原告及び被告が各持分二分の一を共有し、玉堤のアパートは原告が持分四分の三、被告が持分四分の一を共有し、下作延第一、第二土地及び下作延のアパートは被告が所有することになる。

7(一) 玉堤のアパートは八室に区分されて賃貸されており、その賃料合計は、一か月四七万二〇〇〇円であり、そのうち被告の持分相当額は四分の一にあたる一か月一一万八〇〇〇円である。

(二) 玉堤の土地は、右アパートの敷地のほか駐車場として賃貸されており、その賃料合計は一か月二万五〇〇〇円であり、そのうち被告の持分相当額は二分の一にあたる一か月一万二五〇〇円である。

(三) 下作延のアパートは七室に区分されて賃貸されており、その賃料合計は、一か月九万九〇〇〇円である。

(四) したがって、原告は、遺贈の効力が発生した日の翌日である昭和五五年六月八日から昭和五七年八月末日までの間、玉堤のアパートについては三一五万八四六六円、玉堤の土地については三三万四五八三円、下作延のアパートについては二六四万九九〇〇円の被告が本来取得すべき賃料(合計六一四万二九四九円)を得ている。

8 花子は下作延のアパートにつき昭和三六年二月三日保存登記を経由しており、また原告は右アパートを現在占有し、玉堤の土地・アパートが被告との共有であること、下作延第一、第二土地及び下作延のアパートが被告の所有であることを争い、右各不動産の収益を独占し、玉堤の土地・アパートについて共有物の分割に応じようとしない。

9 よって、被告は原告に対し、反訴請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実のうち、買主、建築主及びその資金源については否認し、その余は認める。別紙第一物件目録記載(一)ないし(四)、(七)の不動産は原告と花子が買入れまたは建築し所有するものであり、その経緯は本訴主位的請求の請求原因3のとおりである。

3 同3の事実は認める。

4 同4の事実は否認する。ただし本件第二遺言書が存在することは認める。本訴予備的請求の請求原因4のとおり右遺言書は太郎が作成したものではない。

5 同5の主張は争う。本件第一、第二遺言書の記載内容から判断すれば、両遺言書の対象財産の重なりあいや文章全体の記載の仕方等からして本件第二遺言書によって本件第一遺言書を全面的に撤回したものと解釈すべきである。

6 同6の主張は争う。

7 同7(一)の事実のうち、玉堤のアパートは八室に区分され賃貸されていることは認め、その余は否認する。

同7(二)の事実のうち、玉堤の土地の一部が駐車場として賃貸されていることは認め、その余は否認する。現在の賃料合計は一か月二万円である。

同7(三)の事実のうち、下作延のアパートは七室に区分され賃貸されていることは認め、その余は否認する。昭和五五年六月から現在まで四室にのみ入居し、賃料合計は一か月六万四〇〇〇円である。

同7(四)の主張は争う。賃料収入を得るために保険料、修繕費、租税、人件費などの諸経費を費されている。

8 同8の事実は認める。

第三証拠《省略》

理由

第一本訴主位的請求

一  請求原因1、2、5の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  別紙第一物件目録記載(一)ないし(六)の不動産は太郎または、花子及び原告のいずれかが買入れないしは建築したものであることは当事者間に争いがないので、右不動産が右のいずれの者に帰属するかについて検討する。

1  別紙第一物件目録記載(一)、(三)ないし(六)の不動産について

前記当事者間に争いがない事実に、《証拠省略》によれば、太郎と花子は、昭和八年三月二日ころから同棲生活をはじめ、昭和一〇年ころ等々力駅から徒歩一五分ほど離れた地点にある等々力の建物を賃借して居住し、花子はそこで万屋を開業したこと、一方太郎は植木屋や材木屋の手伝いなどの仕事をしていたが、昭和一七年ころに甲田電鉄に入社し、外線や信号系統の保線の仕事に就いたこと、花子は、先夫丙川菊夫との間に儲けた原告(大正一二年四月一九日生)を兄の許に預けていたが、昭和二二年二月ころ原告を呼び寄せて三人で生活をはじめ、同年六月二九日太郎と花子は婚姻の届出をするとともに、太郎は原告を養子とする縁組の届出をなしたこと、太郎と花子間の夫婦仲は以後も引き続き良好な状態が続いたこと、太郎は戦後も甲田電鉄に勤務する傍ら非番の日などには配線工事の仕事も手掛けて副収入も得ていたが、昭和三七年に甲田電鉄を定年退職したのちは甲野電設工業所との屋号で電燈線配線工事などを行ない、昭和五三年ころまで続けていたこと、他方花子は戦後原告とともに等々力の建物において食料品の小売を行ない、収入を得ていたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、原告は別紙第一物件目録記載(一)、(三)ないし(六)の不動産及び旧甲山荘は花子と原告が食料品小売による収入を元手にして買入れまたは建築したものであるから、右不動産は原告ないしは花子の所有であると主張し、これに沿う証拠として《証拠省略》の記載があり、これによれば、太郎は甲田電鉄に勤務しはじめた昭和一七年ころからその収入を全く家計に入れず女遊びなどの遊興に費消してしまい、花子と原告は昭和二二年ころにアメ横から飴、煎餅、干し芋、みかん、南京豆などを仕入れて等々力の建物を店舗として小売を行い、毎日石油の一斗罐に八分目ほどの紙幣(五〇銭や一円札)が入るくらいの売上げがあり、その儲けを蓄積して順次右各不動産を買入れないしは建築したものであり、太郎の収入は右各不動産の取得に全く使われなかったが、登記名義は夫であり養父である太郎を立てるために同人名義とした、ということである。しかし、右《証拠省略》の記載は、前記認定事実、ことに太郎と花子の夫婦仲が戦中戦後を通じて良好であったこと、花子や原告が食料品小売店を構えていた等々力の建物の所在場所などのほか、《証拠省略》によれば、花子は別紙第二物件目録記載(二)の土地につき自己名義で所有権移転登記を経由して同地上に共同住宅を自己名義で所有し、また原告の夫甲野春夫は別紙第二物件目録記載(三)の土地につき所有権移転登記を経由して同地上に原告と同人名義で二棟の建物を有することが認められることなどの事実に照らしにわかに採用することができず、他に原告の右主張を認めるに足りる的確な証拠はない。

むしろ、前記のとおり太郎と、花子及び原告との双方が独自に収入を得ていたことが認められるが、別紙第一物件目録記載(一)、(三)、(四)、(六)の不動産及び旧甲山荘の所有登記名義が太郎となっていること(当事者間に争いがない。)及び弁論の全趣旨によれば下作延の貸家の固定資産税課税台帳には太郎が所有者として登載されていることを考慮すれば、太郎が、自己と、花子及び原告との双方の収入を資金源として右不動産を買入れまたは建築し所有するに至ったものと認めるのが相当である。

したがって、別紙第一物件目録記載(一)、(三)ないし(六)の不動産は太郎の遺産であるといわざるを得ない。

2  玉堤のアパートについて

《証拠省略》によれば、第一勧業銀行上野毛支店から花子名義で玉堤の土地・アパートを担保として借入れた金八〇〇万円の借入金及び太郎と花子の婚姻中に蓄えた預金を資金源として丙田梅夫に玉堤のアパートは代金一七五〇万円で建築されたことが認められ、また玉堤のアパートには花子と太郎の各持分二分の一とする所有権保存登記がなされていることは当事者間に争いがない。

原告は、右資金源の預金は花子と原告が経営する食料品販売による収入や家賃収入の蓄積であるので名実ともに花子の特有財産であり、したがって玉堤のアパートは花子の単独所有である旨主張し、これに沿う原告甲野花子及び同甲野春子の各供述がある。しかし一方《証拠省略》によれば、花子と原告が経営する食料品の販売収入は昭和四〇年以降芳しくなくなったと認められること、前記認定のとおり下作延のアパート及び旧甲山荘は太郎の収入と花子及び原告の収入双方を資金源として建築されたものであること、太郎は昭和五三年ころまで配線工事の仕事により収入を得ていたことなどの事実からすれば、右原告甲野花子及び同甲野春子の各供述はたやすく採用することができず、かえって玉堤のアパート建築資金は花子と太郎の双方が支出したものと認めるのが相当である。そうすると、玉堤のアパートは、実質的にも登記名義どおり太郎と花子の共同所有であると認められ(る。)《証拠判断省略》

したがって、玉堤のアパートの持分二分の一の所有権は太郎の遺産であるといわざるを得ない。

三  よって、本訴主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

第二本訴予備的請求

一  請求原因1ないし3、5の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、請求原因4の本件第二遺言書を太郎が作成したものか否かについて検討する。

1  太郎が昭和五五年四月一九日膵臓癌のため入院し、松子と被告が病院に泊り込んで看病したが、同年六月七日に太郎が死亡したことは、当事者間に争いがない。

右当事者間に争いがない事実に、《証拠省略》によれば、太郎は昭和五五年四月一九日東京都立荏原病院に膵臓癌の疑いで入院し、翌二〇日から松子と被告が泊り込んで付添い、花子や原告はときどき見舞いに来ている状態であったこと、太郎は同年五月四日当時四人の相部屋に入院していたが、同日被告は太郎の頼みに応じて奉書紙と筆ペンを購入し持って行ったこと、太郎は同日午前中に数日前に被告に買って来させた遺言書の書式について書かれた本とすでに取寄せてあった不動産登記簿謄本を参照しながら本件第二遺言書を自書し作成したこと、太郎が個室に移ったのは五月末ころであったことが認められ(る。)《証拠判断省略》

2  ところが、原告は太郎が自分の名前くらいしか漢字で書けなかった旨主張し、原告甲野花子及び同甲野春子は右主張に沿う供述をしているが、《証拠省略》、前記認定のとおり太郎が電燈線の配線工事をしていた事実及び《証拠省略》に照らし右供述は採用することができないし、また本件第二遺言書の筆跡は公正証書遺言である本件第一遺言書の太郎の署名などと異なる旨原告は主張するが、太郎が死に至るような病に倒れて入院中に本件第二遺言書を作成したものであることを考慮すれば、両遺言書の筆跡を対比してみても著しく異なるものということはできず、むしろ同一人の筆跡と認めるのが相当である。さらに太郎は本件第二遺言書を作成した五月四日当時遺言書を書く体力がなかったと原告らは主張し、これに沿う原告甲野花子及び同甲野春子の各供述があるけれども、《証拠省略》に照らしにわかに採用することができない。

3  以上によれば、本件第二遺言書は太郎が真正に作成したものといわざるを得ない。

三  よって、本訴予備的請求も理由がない。

第三反訴請求

一  請求原因1、3、8の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  同2の事実のうち、(三)の事実を除いては前記第一、二に判示したとおりこれを認めることができ、(三)の事実は下作延のアパートの建築主及び資金源を除いて当事者間に争いがなく、建築主及び資金源については前記第一、二に判示した理由のほか《証拠省略》によれば、本件第一遺言書は花子の要望を容れて太郎が花子及び原告といっしょに公証役場に出向いて作成したものであるが、右遺言書において太郎は下作延のアパートが花子名義で登記されているがその実は自己の所有であるとして遺産に加えて遺言していることが認められることからすると、右アパートも太郎の所有であったと認めるのが相当である。また前記第二、二に判示したとおり《証拠省略》によれば、請求原因4の事実が認められる。

したがって、太郎は生前に本件第一遺言書による遺言と本件第二遺言書による遺言をしたことになるが、原告は矛盾する両遺言書の対象財産の重なりあいや文章全体の記載の仕方等からして本件第二遺言書によって本件第一遺言書を全面的に撤回したものと解すべきであると主張する。しかし、本件ではそのように解すべき根拠はないので右主張は採用することができず、本件第一、第二遺言書の記載内容上の矛盾抵触は、民法一〇二三条により時期的に後に作成された本件第二遺言書記載のとおり本件第一遺言書の遺言内容が変更されたものと解すべきである。

よって、太郎の遺言内容は、請求原因5(一)ないし(四)のとおりである。

三  ところで、本件第一、第二遺言書における、共同相続人たる原告、花子及び被告に対し遺産を相続させる旨の遺言は、遺贈と解すべき特段の事情を認めるに足りる証拠はなく、その記載文言等からして相続分の指定を含む遺産分割方法の指定と解するのが相当である。そうすると、右遺言により各相続人は当然にその取得分に応じた共有持分権ないし所有権を取得するのではなく、遺産分割の手続で右遺言に従った遺産の分割が実施されることにより各相続人への権利帰属が具体化するものと解すべきである。そして、本件では遺産分割が行われていないことは弁論の全趣旨から明らかであるから、太郎の右遺産は、遺産共有の状態にあるに止まり、被告はいまだ玉堤の土地につき持分二分の一、玉堤のアパートにつき持分四分の一の共有持分権及び下作延第一土地の所有権を取得していないものといわざるを得ない。

したがって、被告の玉堤の土地について持分二分の一、玉堤のアパートについて持分四分の一の共有持分権及び下作延第一土地の所有権確認請求は理由がない。また、被告は玉堤の土地及びアパートについて共有物分割請求及び右土地アパートについての果実たる賃料の相当額の損害金請求をするが、右土地アパートはいまだ遺産共有の状態にあるので、遺産分割の手続に基づき帰属を決すべきものであり、現段階で訴訟手続によりこれを請求するのは相当でないから、右両請求はいずれも理由がない。

四  次に、本件第一、第二遺言書における、松子に対し下作延のアパート及び下作延の第二土地を遺贈する旨の遺言は、松子が太郎の相続人ではないので記載文言どおり特定遺贈と解されるところ、松子は昭和五六年一二月五日死亡して被告がその地位を相続し右アパート土地を所有するに至ったものといわざるを得ない。

したがって、被告の下作延のアパート及び下作延第二土地についての所有権確認請求は理由がある。

五  そして、原告が下作延のアパートを占有し、右アパートに花子名義の保存登記があること、右アパートは七室に区分されて他に賃貸されていることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右アパートの賃料合計は昭和五五年六月当時一か月九万九〇〇〇円であると認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。なお原告は右アパートに空室があり、また保険料、修繕費、租税、人件費などの費用を費やした旨主張するが、右の点は原告の右アパートについての果実取得権を侵害したことによる損害額を減少させるものではなく、またこれを具体的に認めるに足る証拠もない。

したがって、被告の下作延のアパートの引渡請求、右アパートにつき真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記請求及び下作延のアパートについての昭和五五年六月八日以降の賃料相当額の請求は理由がある。

なお、被告は、受遺者松子の相続人として下作延第二土地につき遺贈を原因とする所有権移転登記請求をするが、かかる請求は許されないと解されるので、右請求の一部認容として右土地につき所有者を松子とし昭和五五年六月七日遺贈を原因とする所有権移転登記手続を求める範囲で理由がある。

第四結論

以上の次第であるから、原告の本訴主位的及び予備的請求はいずれも理由がないので棄却することとし、被告の反訴請求のうち、下作延第二土地及び下作延のアパートは被告の所有であることの確認請求、下作延第二土地につき所有者を乙山松子とし昭和五五年六月七日遺贈を原因とする所有権移転登記請求、下作延のアパートの引渡及び真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記請求、下作延のアパートについて昭和五五年六月八日から昭和五七年八月三一日までの賃料相当額二六四万九九〇〇円及びこれに対する昭和五七年九月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の請求並びに下作延のアパートについて昭和五七年九月一日から引渡ずみまでの賃料相当額一か月金九万九〇〇〇円の割合による損害金の請求を求める範囲で理由があるので認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用し、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村重慶一 裁判官 武田聿弘 石田浩二)

〈以下省略〉

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